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2020年最初の完成品、「1/72 Xウイング・ファイター ポー専用機(スター・ウォーズ/スカイ・ウォーカーの夜明け)」の制作を振り返りたいと思います。


購入したのは12/16。映画の公開前ですね。

これがどういう活躍をするのかなぁとワクワクしながら作りました。

公開前に発売されるプラモって楽しい。


Xウィングだからサクッと完成だろう、と思ってましたがデカールを見てしばし沈黙。

色分けがそこそこ大変そうです。

デカール使えば楽なんですけど、マスキング塗装するとなるとそれなりに大変ですよね、Xウィング。


公開前だから謎が深まるパーツがそれなりに。

立ち姿のフィギュアがなぜか板人間です。公開後も謎は解けませんでしたが、なんでこんな仕様なの???


新たなXウィングはレジスタンスXウィングの色変えだからデカール表現かなと思いきや、出来る限り成形色で表現している。おかげで旧Xウィングのパーツが余る余る(×印)。とてもバンダイらしい。


手前の白いパーツがまるごと使わない旧Xウィングのパーツ。

特長的な斜めに走る色分けラインが成形色で表現されている。

これ、かなり塗りやすいよね。


グレーの部分とかはマスキング塗装しなきゃいけないんだけども。


このXウィングで最高潮に面倒くさくて悩ましいのがココかも(デカール番号32)。

もともとレジスタンスXウィングは翼の合わせ目が鬼門なんですけど、この翼はオレンジの色分けは不要で白とグレーのみなんですね。


試しにシールを貼った完成イメージ。

合わせ目はデカール処理すれば消しやすい。

だからグレーの部分だけデカールを使うのが最も楽な方法かも。

でも今回は合わせ目処理してマスキング塗装してウェザリングという基本的な手順でいくことにしました。


バンダイのスター・ウォーズプラモの素晴らしいところはシールと水転写デカールの両方が付属しているところ!


シールは使わないようでいて使いようがあるのです。

たとえばキャノピーのマスキング塗装。とっても便利なマスキングテープです。

ただし、粘着力がかなり強いので扱いには注意が必要。

僕は手の甲とかに何度か貼り付けて糊を落としてから使ってます。これは普通のマスキングテープなどでも同じ使い方だけども。粘着力が強くて下地の色がペリって剥がれたら泣けてきますからー。


それにしても、こういう分割を見るとバンダイの熱意というか、執念というか、意地でも塗装をさせねーぞ!みたいなわけのわからん頑張りを感じますね。変態。


ガイアのサフにメカサフヘビーを混ぜて暗めのグレーを下地にしました。

これにヘアスプレーをして、それから機体色を塗ります。

オレンジが発色するか不安だけども。

ヘアスプレーによるチッピングって、とても合理的で素晴らしい技法だけども、キャラクターモデルでどれだけ使えるのかって問題があるよね。

下地によって発色しにくいこういうケースのときにそう感じます。

我慢し続けて約10年使ってきたハンドピースをついに更新。

このXウィングから使い始めました。

安価でパーツが豊富で取り寄せやすいairtexで揃えることに。

手前の赤が0.5mmで主にサフやメタリック用。

奥右が0.3で普段使い。

奥左が0.2のセルフィー で細かい塗装や疲れてるときに(シングルアクションでラクなのよ)。


マスキング塗装って面倒だけど、シャキッときまると剥がすとき気分いいよね。


基本的な塗装が終わったところで、次は電飾の工作に入ります。ではまたー。

2月末までバンダイのスター・ウォーズプラモデルのフォトコンテストが開催されてますね。


ツイッターで応募可能、何点でも応募可能ということで、かなり気楽に応募しています。

そして、家に在庫しているバンダイプラモを作る良い機会。

途中放置しているキットも作らないとね。


ということで、めいが放置していた1/48のXウィングをやろうとしたんだけど、キットを出してきたらそれはめいが自分でフィニッシュまでやると。

現在、毎日チクチク短い時間でも油彩で汚しをやっているようです。あと1週間くらいかな?

でかいキットに手をつけられなくなったので、僕は逆にちっこいビークルモデルを。

箱に記載はありませんが、スケールは1/144のようです。セットものの商品のほうにはスケール記載があるのよね、ビークルモデルって。


まずはマスキング塗装。付属のシールを切ってマスキングに利用しました。

レーザー砲のぐるぐる模様はマスキングテープでぐるぐる。

3mmのLEDがブースターに入らないことはないんだけど、もろLEDが露出してしまうので、今回はチップLEDを採用。

できればピンクの光が良かったんだけど、チップだと赤しか見つけられなかったので今回は赤い光です。

ブースターは中をくりぬいて、横に少し配線を流せるように加工しました。


ブースターから伸びたコードは本体の底面へ流しました。

Xウィングは翼が可動するするのがちょっとやっかいなところです。

可動を損なわないように配線しないといけないからね。

今回、台座に電池ボックスとスイッチを作ることにしたので、台座の軸にコードを通す作戦。

並列回路なので4つのLEDからの計8本の線を通しています。


付属の台座だと電池ボックスを入れるには高さが足りないのでタミヤ角棒を使って底上げ。こういうとき、ほんと便利よね。タミヤプラ棒。


このタイミングで本体のウェザリングも行いました。

ウォッシングや汚しは油彩で。

つや消しで本体塗装を行っているので、汚しはきっちり落ちません。

どうしてもにじんでしまう。

なので、ウォッシングといってもじゃばじゃば洗うのではなくて、ピンウォッシングに近い感覚でできるだけ正確に、落とす範囲は最小限に。


今までは消す方向のウェザリング作業が多かったのですが、最近は足す・重ねる方向のウェザリング作業になっています。


使った油彩はホルベインのランプブラックとローアンバー、クサカベのバーントシェンナ、バーントアンバー。

クレオスのウェザリングカラーのマルチホワイトは退色表現に使いました。

ピグメントはメタルスラッグを使いました。ピグメントはちょいちょい集めていきたい。

安くはないので月に一個買っています。油彩は月に4〜6色程度。

ちびちび集めるのが楽しい。


台座の軸にリード線を通して、プラ板で蓋。案外通るものです。でも、10本は無理。


台座の裏はみったくないので見せたくないのですが、こんな感じ。グルーで埋めちゃいました。スイッチと電池ボックスの固定、配線の固定、ついでにちょっと重くしたかったので埋めちゃったのです。それにしてもやりすぎ。。。

ともかくこれで完成です。


小さなモデルだけど、スマホでぴゃーっと拡大されても平気なようにウェザリングをがんばりました。


台座につけたスライドスイッチでLEDが点灯。これがやりたかった。


羽もちゃんと閉じます。だからどうしたってことなんだけど。

実はこれで今年5作目。かなりハイペースです。

ブログにあげてない作品もいくつかあるので、それはそのうち。ではまた!

おそらく2017年?くらいにプレミアムバンダイで買っておいたキャスバル専用ガンダムに決着をつけました。


ゲームに登場したシャア専用のガンダムです。

if設定ですね。ギレンの野望、面白かったなぁ。。。


このキットの特徴は、成型色がカラーリングを再現しているということと、専用の水転写デカール付属、あとシールドが新たに作られていること、くらいですね。


いまさらながら初めてガンダムのver.3.0を組みました。

悪くはないけれど、結構クセが強いキットだな、と思いました。


水転写デカールは付いてないし…。それが一番つらかったかな。

でも、娘のめいが以前作ったときに買っておいたデカールがあったのでそれを結構使いました。えらいぞ、めい。


全体のフォルムは結構かっこいいんだけど、各所に不用意に(?)入れられたパネルラインに違和感。今回はそれを彫り直すだけで特段新たにスジ彫りをしませんでしたけど。


ただ、パーツによるパネルラインの再現が多いキットだったので、これを生かして色で遊べないかなと画策しました。


ということでいきなりですが、完成画像とともに制作で工夫したことなどを。


ひさしぶりにガンプラを作ったせいか、とにかくヒケがすごいと感じました。

スナップフィットだから仕方ないのですが、そのヒケを解消するためにやすりがけばかり。

ヒケ処理のために細かいモールドが消えちゃいそうになるので、まずはモールドを彫り直してしっかり面を出してやる。そんな基本的な工作ばかり丁寧にやりました。


制作当初からグロスとマットを織り交ぜて塗装しようと考えていたので、ヤスリがけは1500番でフィニッシュ。

マット仕上げだと普段は600番くらいでフィニッシュしてるので手間がかかりますよね、グロス仕上げ…。


真っ赤な機体、という感じのキャスバル専用ガンダムですが、実は色数が結構多い。

まずはピンクですが、これは今回シャアピンクを使いませんでした。

クレオスの「ガンダムカラー・フォー・ビルダーズ MS-06Sピンク Ver.アニメカラー」という色を買ったんです。


蓋の色がね、サーモンピンクよりのピンクだなって思ったんですよ。

いや、そりゃあ蓋の色と実際の色はある程度は違うというのは織り込み済みで購入です。

しかしですね、あまりに違う。これ、いわゆる明るいピンクでした…。

ガルパンカラーもそうでしたが、蓋の色とあまりにも違う色が最近多くない?


仕方ないから、手元にあったガイアのクリアレッドを混ぜました。

ピンク:クリアレッドが7:3くらいの割合で。結構な割合です。


ということで、明るいピンクは、

ガイアサフ(オキサイドレッド)、ガンダムカラーとクリアレッドを混色したもの、フラットコートの順で塗りました。



頭の一部や肩の下部の赤はキャンディ塗装です。グロス部分ですね。

これは黒サフ、クレオスウィノーブラック、クレオスレッドゴールド、ガイアexクリア、ガイアレッドクリア、ガイアexクリア(3、4層)で仕上げてます。



ゴールドの部分は、上の手順で、レッドゴールドまで塗装して、クリアでトップコートしてます。



黒の部分は、黒サフそのままです。

胸の部分やコアファイターのグロスのこげ茶は、

黒サフ、ウィノーブラック、ガイアスターブライトシルバー、ガイアexクリア、クレオスディープレッドクリア、ガイアexクリア(3層)です。


こげ茶は2色ありまして、ダクト部分や、アンクルアーマー、腰の四角いところなどは暗いこげ茶の設定になってます。

黒サフ、ウィノーブラック、ガイアダークステンレス、ガイアexクリア、クレオスディープレッドクリアと、先ほどのこげ茶より下地の暗いキャンディ塗装をしておいて、最後にフラットコートをしてマット仕上げにしています。

キャンディ塗装のフラット仕上げ。これが結構好きです。深みのあるメタリックのような仕上がりになります。


関節色の一部に使ったグレーはガイアニュートラルグレー4にフラットコートです。


ガンプラは下地処理が結構面倒で遠ざかってましたが、いろいろ苦労して塗装が終わり、それを組み上げるときの楽しさは追随を許さないですね。

キャスバル専用ガンダムはそれを思い出せてくれました。

今年は月に一個、ガンプラを作りたいなぁ…。

2019年3月のことです。

基本的な処理が終わってあとは塗装だけ、となっていたジムキャノンを突然取り出しました。

今までやったことのない塗装方法を試してみようと思ったのです。


まずはサフ吹き。


組んだまま足を持って吹きます。とてもおおざっぱでございます。


サフを吹き終えたらそれを明度の中間色に設定。

暗の部分、シャドウ部分にウィノーブラックを吹きました。


逆さまにして近めで吹くのが上手くいくコツかな、と思いました。


シャドウを強く吹きすぎたと思ったので、ガイアノーツのニュートラルグレー3を中間色として吹きつつ、強目のシャドウを修正(左)。メリハリがなくなったようにも感じたので、後で修正することにする。


ガイアノーツのアルティメットホワイトでハイライト部分を塗りました。

ここからは筆メインで明暗をつけていきます。


細筆でエッジを中心にホワイトを乗せていきました。

全体的にまだ暗いので、再度アルティメットホワイトを吹きます。


エッジのホワイトがガイドになるのでハイライトを吹きやすかったです。最初からこの手順にすればよかった…。


エナメルのスミ入れ塗料ブラックをエアブラシで吹き、それを落としてウォッシング。


エナメルの黒でチッピングやストレーキングの下書き。

最終的に汚しを入れるときのガイドになればいいなという程度にとどめました。

これにて下地になるモノクロ世界の塗装はおしまい。これからカラーの世界の塗装に入ります。


塗装をするとき、まず基本となる色を塗ってから明暗の表現をする、という手順が一般的。

ですが、今回はホセ・ルイス・ロペス氏の塗装術、ブラック&ホワイトを参考に明暗の表現を先にやってしまおうと試みているのです。


1:4〜5くらいの希釈で薄い塗料を作り、下地を塗りつぶさぬように、ランダムに本体色を塗りました。

ツヤありの状態なので、これからデカールを貼って、その後に半ツヤのトップコートを吹き、ウェザリングの作業に入ります。


ところでクレオスのスーパークロームシルバー2をこのとき初めて使ってみたんですが。


シルバーを筆でちょい塗りするときにいいですね。塗りやすいし発色もいいです。

そういう銀ってなかなか無い。

さて、ウェザリングに入るわけですが、どの程度の汚しにしようかと、まずはシールドを汚して全体のイメージを決めることにしました。

まずはチッピング。

スポンジや筆でやっていきました。


細かい擦り傷は、白の色鉛筆で。

これが手軽なわりにあなどれない効果を発揮。


サビの表現も水彩色鉛筆で。

ダイソーで12本で100円のやつです。

水彩色鉛筆は水に溶ける色鉛筆。使い方いろいろです。


サビの表現がきつすぎると感じる箇所には埃の入れたり、それをぼかしたりすると落ち着くような気がします。


銀のハゲチョロも水彩色鉛筆で。

これはちゃんとした画材屋さんで買った色鉛筆で一本160円くらい。

ドイツ製のこの銀色鉛筆は発色もいいです。


埃の表現はうっすらな感じに。


実物を見る分には気にならないけど、写真を拡大すると粗が目立ちます。

いまはスマホでピヤーッと手軽に拡大されるということもあり、ルーペを見ながらこうした粗を修正していきます。


埃表現はウェザリングカラーのサンディウォッシュで。

埃がたまりそうなところにまずは塗料を置いて、それを下方向に垂らしたり、ぼかしたりしました。反省点は一気に塗料を置かずに少しずつ進めたほうがよかったなってこと。

ウェザリングカラーは僕にはシャバシャバすぎるので原液がほしいです。

とても便利な塗料だけど、なにか他に無いかなぁ、もう一段精密なウェザリングをしたいなぁと自分の限界を感じさせてくれる塗料でした。

なんというかウェザリングの作業が定型化してしまうというか。

いや、本当にいい塗料シリーズなんですけど、良い塗料ゆえにウェザリングの奥深い世界に誘い込まれるといいますか。

ともかく、このジムキャノンを機に、もっと上達したいと考えるようにはなりました。


泥もつけたくなったので、ウェザリングペーストのマッドホワイトを伸ばしたり弾いたりして、続いてマッドブラウンを。

最後にマッドブラウンの実感を出すためにウェットクリアーを塗りました。


これにて完成!


今回、特別な工作はしていないし、そもそもいきなり塗装から入ったようなものなので、その分だけ塗装に集中して手数をかけられました。なかなか収穫の大きかった作品だと思います。

ではまた。

ストリーミングなどが主流になりつつあるこの時代、ジャケ買いなんて言葉は音楽業界になくなるのかな。

でも、プラモの世界ではまだまだあるよね。

模型屋さんでこのプラモを見たら買わずにいられませんでしたね。

このシンプルなジャケット。


素晴らしいじゃありませんか!


この箱に入ってるのはカブトムシ以外の何物でもないと主張しつつ、まったく飾る気のないフォントで書かれた商品名『カブトムシ』。


シンプルすぎてこれはもう買うしかない、そして作るしかない。


『カブトムシ』 [フジミ 1800円(税抜)]。作ってみると実に簡単で楽しい模型でした。


ところで発売元のフジミさん、「自由研究シリーズ」であるこのキットの発売時期が実にビミョーだったのよね。

夏休みの自由研究に合わせての発売なんだろうけど8月17日発売(去年のね)って…。


夏休み終わるじゃねーか! 


ついでに申しますと続編である『クワガタムシ』も発売されてまして、こちらは8月30日の予定が遅れて9月3日発売…。


北海道の夏休みは短い。そして、最近はカブトムシも捕まえられるようになったそうだけど、北海道で馴染みがある虫といえばやっぱクワガタだよね。それが間に合わないって寂しかったよね。


始業式までギリギリどころか間に合わないというまさに夏休みの宿題らしいキットの発売。


フジミのそんな強気な姿勢に「宿題やってきたんだけど持ってくるの忘れた」なーんて言い訳を思い出させてもらったよ、まったくもう。 


今年の夏には新作として「オオカマキリ」と「ザリガニ」の発売が控えていて、こりゃ買うしかねーな!と期待しまくってるんだけど、相変わらず夏の終わりに発売なんだろうか。そうだとしたら安定感あるよね。ある意味、楽しみ。


さて、このキットを買って帰ったら、うちの息子も食いつく食いつく。


「えー! こんなプラモあるんだぁ!」とまあ父親と同様に作りたくて仕方がないみたい。カブトムシを巡って親子ゲンカになりそうだったが、大丈夫。

このキット、カブトムシが2体入っているのである。


定価1800円と聞いてそれなりにするなぁと思ったけれど、1体900円ならそれほど高いもんじゃない。話題性を考えたら、むしろ安い部類のプラモだと思うぞ、これは。


組み立てに関しては難易度が低く、プラモに馴染みのない子供でも楽しめるでしょう。


手でパーツをもぎ取れるのでニッパーが要らない仕様だし。


でも、これって触覚のような細かいパーツはもぎ取った拍子に破損したり傷つくこともあるので結局ニッパーを使っちゃうのよねぇ…。

こういう一見すると親切な仕様ってホント余計なお世話だと思う。


一方で設計に関しては二重丸の出来。パーティングラインがちょっと気になるが、パーツとパーツの合わせ目の処理はまったく必要がない。


そのために可動部分が少なくなっているのが残念だけど、これはまあ「プレイバリューよりもリアリティー」という設計思想によるものなのだろうから仕方ない。


ちなみに足の可動部分は人間でいうところの肩のみ。手首や肘は動かない。

しかし、頭をかしげることはできるので、それなりにポーズの自由度は高い…と思う。 

 仮組みが終わった状態。手のひらに乗るちょうどいいサイズ感。キットにスケール表記はないが「1/1(個体差があります)」といったところか。


このキットを僕は制作物の展示会場で暇つぶしに組んでいたんだけど、来場者がこれまた食いつく食いつく。

「へ〜、ありそうでなかったねぇ。買ってみようかなぁ」という声をいただいたし、女性陣からはプラモ好きのオタクというより少年の心を忘れないオッサンという温かい視線をいただいた気がしましたよ。気のせいかもしらんけど。


さて、組むのは簡単だったけど、難しいのは塗装だ。

虫を塗ったことがあるモデラーがいったいどれだけいるのだろうか(笑)。

とりあえず、僕は艦底色を吹いてからシャドウをつける感じで黒を吹いてみた。

足を塗装しているときは、この時点でゴキブリとの差がわからなかったけれども。


だけど、そんな塗装の難しさが上級者も楽しめるこのキットの懐の深さ、凄さだし、なにも実物に似せて塗装する義務なんて誰にもないこともお忘れなく。


プラモなんだからピンク色でも水玉模様でもいいから自由に塗って楽しめばいいのだ。


僕は2体目をコガネムシっぽく塗装して遊んだ。


こんな遊び方ができるのも2体付属しているからであり、カブトムシをわざわざプラモにした意味なんだろうなぁと僕は思う。

そういえばこのキット、 羽根つき(生理用品みたいな表記)なので飛行形態も再現可能。

ダンバインにも流用する人が出そうだけど、その精度はそれほどでもない・・・。

完成して写真を撮ってみたけど、なんか違うよね。こういうのはやっぱり屋外で撮影したい。




でも、周りに人がいないほうがいいな。

僕なんか近所の人に「なにしてんの?あ!カブトムシ!」なーんて言われて、

「あー、これ、カブトムシじゃないんです! いやカブトムシなんだけどプラモなんです!」ってアタフタしてしまって面倒くさかったぞ。諸君も気をつけてくれたまえよ。

我が家にはいろいろと変なプラモがある。

変なものが好き、という僕の趣向を理解してくれている友人が譲ってくれたり、模型屋さんで見つけて一目惚れしたり。

それをいつ作るのかは別問題で、とにかく、とりあえず在庫してしまう。


いやいや、プラモは作るもの。未完成のまま眺めるものじゃない。

と、たまには賢者タイムに入って埃のかぶった箱に挑んでみる。


そんな感じでいつかは作りたいと思っていたコイツを作った。

めずらしく「いつか」が来たもんだ。

“模型界の暴走列車”ことアリイの昭和の歳時記シリーズ・1/32 DIORAMA MODEL KIT『行水』(600円・税抜)。

このシリーズの説明文では


「いつも新しい驚きと、発見があった昭和30〜40年代(中略)そんな思い出の風景をジオラマで再現しました」とあり、


『行水』のキット説明では

「夏の強い日差しのさす午後は、ウラ庭での“行水”はほんとうに気持ちのいいものでした」と実に爽やか

しかし、実際のキットの中身を見てみると、昭和の裏ビデオに出てきそうな美人ではないが陰のある女性が行水していて、「ほんとうに気持ちのいいものでした」が別の意味に思ってしまうし、女性の裸を覗く男まで付属していて「新しい驚きと発見」がこれまた違った意味なんじゃないかと深読みしてしまう。


さすが模型界の暴走列車。凄い。

また、キットの箱には「組み立てカンタンなイージーキット!」なんて書いてあるが、これも期待を裏切らない。


パーツのほとんどが合わず、普通に形にするだけでも中級以上の腕を必要とし、付属するジオラマ素材は木が一本。草だの砂利だのは自分で用意して勝手に作れという親切設計だ。


接着剤不要、塗装不要の色付きプラモが主流の今の時代ではクレームの嵐だろうな。

イージーの幅が実に広い、そんなところも昭和を感じさせるプラモだ。凄い。

しかし、シールは付属する。親切だ。

だがしかし。期待を裏切られることはない。

説明書には「シールは切ってのりや両面テープではります」とある。

つまり、シールという名のただの紙である…。凄い。


説明書もほのぼのとした雰囲気。

しかし、説明書でにこやかに描かれているこの男。役回りは「のぞき」である。凄い。


この小さな鶏、パーツ数が1匹4個。

しかもパーツは見事に合わない。組み立てて立たせるだけでもやっかいだ。


〝組み立てカンタンなイージーキット〟がいったいどこにあるのか、それを探す旅に出たい。本当に凄いなこのキット。


なんだかイロイロ文句ばっかり言ってしまったようだが、キットを組み立てていって物干し竿や子供たち、鶏や電信柱などジオラマの素材が揃ってくるとこれがなかなか楽しい眺め。


ほのぼのとした少年のフィギュアを塗っていると、いたずら心に火が点いてついつい十円ハゲを描いてしまったぞ。


うん、楽しいな、これは。ところで十円ハゲ、実際は見なかったよね。主に見たのは頭に傷を作って“貯金箱”とかバカにされるヤツだよね。

そんなこんなで、どんなこんなだか知らないけれど作ってみれば遊び心くすぐられる昭和の歳時記シリーズ。


もっと作ってみたい。もっと子供フィギュアを塗装してみたいと思った。

しかし、このキットはもともと河合商会というメーカーが作っていたようで、同社は2012年に倒産。


この昭和の歳時記シリーズも含めて河合商会の情景シリーズはアリイに引き継がれていたが、そのアリイも現在はプラモ製造からは撤退し子会社のマイクロエースが旧製品の再生産を続けているのみだそうだ。

プラモは金型さえあれば大量生産でき、キットは生き残る。


しかし、金型を保管している会社がいつまであるかはわからない。急いで集めなければと、『行水』以外のキットを調べてみた。


すると出てくるわ出てくるわ、『縁日』やら『赤ちょうちん』やら『紙芝居』やら気になるキットの数々が。シリーズで16ほどのキットがあるようだ。


しかし、である。しかし、なのである。

このシリーズ、よく見てみるとすべてのキットに子供が3人付属している。


すべてが着物姿の女の子と指差す男の子、そして指をしゃぶる男の子…。


ぜんぶ使い回しじゃねーか!


金型を使い回し、シリーズ内で3人の子供を大量生産した河合商会。売り上げ不振をカバーするための苦肉の策なのか、ただの無精なのか、謎は深まるばかりだが、そんなシリーズ、売られてもユーザーは集めないわなぁ。


倒産も納得せざるを得ない凄いシリーズなのであった。

去年、珍しく予約してまで買ったのよ、これを。


『ハセガワ 1/35 ヤンマー トラクター YT5113A』(3200円・税別)


このトラクターはダイキャストのミニカーを買おうかと思ってたくらい好きなので、昨年11月に発売されると聞いてからは予約せずにはいられなかった。それくらい好き。


なにがそんなに惹かれるのだろうと思ったのだけど、たぶんそれは意外性とデザインそのものの秀逸さ、だと思う。


「トラクターなのにカッコイイ」「こんなかっこいいトラクター、見たことない」

そんな衝撃が虜にさせたのだと思う。

庭師なのにイケメン、しかも筋肉すごい。そんな人いたよね。あんな感じ。僕は筋肉好きじゃないけど。そして男も好きじゃないけど。


さて、このトラクター。奥山清行氏が代表を務めるデザイン事務所がデザインしたというのだから驚き。というか、納得。


奥山氏といえば、「イタリア人以外で初めてフェラーリをデザインした男」ですよ。

エンツォフェラーリっすよ(画像は拾い物)。

好き嫌いが分かれるフェラーリだけど、フェラーリのデザイン史に大きな足跡を残したのは間違いないよね。僕は大好き。見るからに速そう、凄そう。子供も大好きな車だと思う。そういうデザインってすごい。


すごく奇抜なようでいて、実は機能的。空気の流れが目に見えるよう。そんなエンツォのデザインと同じようにヤンマートラクターYT5113Aも、作っていると実にシンプルで機能的だということがわかる。見た目は派手なんだけどね。


作っていてそんな感想を抱くのも、ハセガワが単なる話題性の大きいプラモを作ったというのではなく、誠実にスケールモデルとしてキットを開発したから。


スケールモデル。実物に忠実であることが求められるそのジャンルの仕事をハセガワはしっかりこなしている。


ランナーから切り離したときのゲートかすみたいな小さなパーツに四苦八苦。

老眼に苦しみつつ遠近両用サポートレンズとルーペを駆使して塗り分けに四苦八苦。

こんなところまで作るのか、完成したら見えないじゃん。でも、そうやって実物を忠実に縮尺したことであることを楽しむのがスケールモデルというものらしいよね。正直、僕にはそういう趣味はないので見えないところはさっさと終わらせたい。

小さなパーツ群に苦労してなんとかシャーシが完成。

「うわー、このトラクターかっこいい」って思った小さな子供が組めるようなそんなヤワなプラモでは決してない。子供は迷わずトミカ買え。それが無難だ。

それにしても、小さい。この小ささではさすがにエンジンの再現まではしなかったか。

うん、それがいい。だってカーモデルのアレ、完成したら見えないもん。

ん?そういえば小さすぎるよな。

え?1/35?

そう、僕はこの時点になってようやくこのキットが1/35であることに気がついた・・・。


なんとなく、カーモデルといえば1/24、あるいは1/20。価格的には1/24と思い込んでいたのである。


1/35なんてミリタリー系じゃないの。このトラクターを一体何と並べるというの。

ただでさえ老眼で小さなパーツから逃げたくてイライラしてきたのに、並べられる同スケールの車があまりないことに気づいて怒りに似た感情がフツフツとわきあがるのであった。


なぜだ!なぜなんだハセガワ!


この2月に発売された『ローゼンバウアー パンサー 6×6 空港用化学消防車』もスケールは1/72。。。

小さくてつまんないよね。1/72の飛行機としか並べられないじゃん。あ、あれは空港の消防車だからまあいいのか。


これじゃあ、ハセガワから出てるショベルカーなどの建機シリーズとしか並べられないじゃん。


ほんとに、なぜ1/35とか1/72にしたのだろう。。。


3000円前後の価格帯に納めるにはこうするしかなかったのか。

1/24だったら、もっと迫力が出たし、もっとスケールモデルとしての楽しみも増えただろうに。


3200円。子供向けの価格でもなけりゃ、大人の趣味としては安い。

実に中途半端で残念きわまりない。


5000円を超えるとスケールモデルは途端に売れなくなるのだろうか。

そうだとすればとても悲しいことだ。

ユーザーの出し渋りが商品を中途半端なものにして、業界全体を劣化させていく。


日本のプラモは安い。

今のところはその内容に対して安い。

しかし、今のままではその内容に対して高いということになっちゃうんじゃないかな、なんてことまで考えちゃったよ。考えすぎだといいけど。


さて、ボディの塗装。

フィニッシャーズの赤が好きなので、どの赤にしようかと悩んでいたら説明書の指定ではクレオスのレッドにゴールドを少量混ぜる、とある。


どういうことだろうかと実車の画像を探してみた。

東京モーターショー2015の展示車。(拾い物画像)

たしかにメタリックに輝く赤。これがコンセプトだけなのか実車もそうなのかはわからないけど、これはかっこいいから目指してみようということで塗装開始。


パーツをしっかり下地処理(3000番までかけた)をしてサフは吹かないことに。結構塗り重ねることになるので少しでも塗膜は薄くしたい。


まずはクレオスのウィノーブラック。

続いてクレオス9番ゴールド。0.2口径のエアブラシだと詰まる詰まる。

そしてガイアノーツのクリアレッド。この後デカールを貼って、ラッカーのクリアを4層吹き。

ウレタンを吹こうと思ったらダメになってて使えなかったからだけど、わりとシャープさが必要な形状だったので結果的には良かったかと。


その後は・・・

運転席の細かな塗り分けで眼精疲労を起こしたり、

やらなくてもいいのに気になって、車体前面のオモリ部品に穴開けたり切り欠いたり、

クリアの乾燥を待って、デカールの段差を消すために研ぎだしたり、

窓枠のデカールが難しすぎてこりゃ塗ったほうが正解だったかもーってなったり、

俺には完成は無理だ、トミカで十分だと、いじけて犬の上でブンブン遊んだり、

ニシンを釣ったら、



完成!



細かいところまでがんばって作ったので見てほしい。

いや、あんまり見ると粗がわかるから遠目で見てほしい。

と、そんな複雑な心境にさせてくれるキットでした。


トミカのようなミニカーは秀逸なデザインに触れて確かめることができる。

プラモデルではさらに秀逸なデザインを理解することができる。


見て触れるだけでは分からない楽しみが、プラモデルの「作る」に秘められている。

そんなことを確かめられるハセガワのヤンマートラクターだった。


・・・1/24で作りたかったなぁ(笑)。



先月発売されたウルトラマン、バンダイの「1/12 ULTRAMAN SUIT Ver7.5」。


これの色を塗りなおそうと考えた。


グロスインジェクションという仕上げの赤いパーツと・・・

エクストラフィニッシュという仕上げの銀色のパーツ。


そんな仕上げをもともとされているので、

はっきり言って塗る必要がないくらいかっこいい。


だけど、合わせ目処理なんかをすると塗りなおさなきゃいけない。

そうなると、もともとの塗装はできるなら落としたい。


ということで、実験することにした。


グロスインジェクションとエクストラフィニッシュは落とせるのかを実験したみたのだ。

いきなりパーツそのものを使うとリスクがでかいので、ランナーを使う。

まずはラッカー溶剤にドボン。

いわゆるドボンである。


ラッカーシンナーではまったく動じないエクストラフィニッシュの銀。

赤のグロスインジェクションもまったく動じない。


実験結果。ラッカーシンナーでは落ちない。

ついでに、クレオスのウェザリングカラーの溶剤も試したけどまるで落ちない。頑固。


続いて、ガイアノーツのツールウォッシュ。

あっさりと落ちた!

しかし・・・

プラを侵すのか(?)、理由はわからないけど、べたべたになって使い物にならない。


実験結果。ツールウォッシュは落とせるけど、使い物にならなくなる。


続いて、ウレタンシンナー。

落ちた!

しかし、ツールウォッシュと同様にプラがデロデロに。

グロスインジェクションも落ちたけど、これも使い物にならない。



実験結果。

グロスインジェクション、エクストラフィニッシュには無駄な抵抗はせず、上塗りするのがいいかも。ざらつきが気になる箇所は磨いてから塗装するといいかも。

今月はフジミの「軍艦島」を買う予定だったのですが、、、

店内で見てしまってからどうしても我慢できず買っちゃったよ。


バンダイの「1/12 ULTRAMAN SUIT Ver7.5」。


組み立てるアクションフィギュアというコンセプトなのかな、「Figure-rise Standard」シリーズからの1月下旬に発売されたばかりのキット。


先行して「1/12 ULTRAMAN[B TYPE]」が昨年11月にマンガ『ULTRAMAN』からの第一弾として発売されたんだけど、このときはちょうど財布の中身が寂しくて買えなかった。

ほしかったんだけどね。


価格は4,860円(税込)。


安くはないよね。他のプラモも買っちゃってたし。


実のところ、マンガの『ULTRAMAN』は読んだことがなくて、コミックスの表紙だけ見て「お、かっけーなぁ、このウルトラマン」とは思っていた。


プラモが発売されて、欲しかったけど我慢していたら、今年になってこの「セブン」が発売。

僕の知っているセブンとはずいぶん違うけれど、スペシウム・ソードを持つその姿にノックアウト。

ウルトラマンが剣を持ってるなんてねぇ・・・これがキライな男の子がいるんでしょうか。(反語)


さて、このキット。

箱を開けてみると、妙に素敵なツヤを帯びた赤いランナーが目を引く。


グロスインジェクションという仕上げらしい。

PGアストレイやRGサザビー、あるいは色は黒だけれどダース・ベイダーで用いられた手法だよね。

すごく魅力的な色をしてるし、自分で塗装してこのツヤを出すとなるとかなり大変。


銀色に関してはエクストラフィニッシュという手法が使われているみたい。


パーツの裏を見てみると成型色の白が見えたり、腰の部分とかは塗料が入り込んでない箇所があったり。エアブラシみたいなもので塗料を吹きつけているのかな。


こちらに関しては、塗り直したいなぁと僕は感じました。組んでるときは。


塗装済みキットのような感じなので、ゲート跡が残らないように設計されてるし、アンダーゲートの部分もかなり多い。


それでも合わせ目処理が必要になる部分はいくつか。


頭のてっぺん。


上腕。


手首。


前腕裏側。


上腕裏側も。


膝下裏側。


仮り組みをすることで合わせ目処理をしなくちゃいけない部分が見えてきただけどね・・・

無塗装でも十分にかっけーじゃねーか!


いや、くそかっこいい。


この際、シールを説明書の指示通り貼って、スミ入れだけして見てみよう。


これで十分じゃね?


グレー部分の塗り分けを担当するシールはいまいち見た目が良くないから、ここだけ部分塗装するか、もしくは見なかったことにしてシールを貼らない&部分塗りしないというほうが見た目はいいかも。


スミ入れもしてみたけど、ちょっとやぼったいかもね。1/12だし。

自然にできる影で十分なのではとも感じました。


よく動くキットでプレイバリューも高い。


ガシガシ遊べます。楽しい。

アクションフィギュアってガシガシ動かしてこそ楽しい。


そんなことを考えると、合わせ目処理も本当に必要なのかなって感じちゃうよね。


ガシガシ遊ぶなら塗装剥げが怖くなるし、無塗装で十分にカッコイイし。


はたしてコイツに塗装は必要なのだろうか。


合わせ目を消せば当然、塗装をし直さなきゃいけない。

塗装を自分でしたら「塗装しないほうがよかった」ってことになったら目も当てられないな。。。


そんな恐怖を覚えるほどの出来栄えなのです。パチっと組んだだけで。


消費者としてはすごくいい商品を買えて満足なんだけど、モデラーとしては手を出すことが半分封じられているかのようなキットだよね。なんだかすっごくいいキットのくせに、重苦しい悩みを与えてくれるよね。


さて、僕はどうしようか。


時間があったらイバラの道に進むんじゃないかなぁ?

マゾであることを楽しむ趣味はないけれど、一応ね、モデラーのはしくれみたいな気概はまだ残っているみたいで「自分ならこう作る」みたいな爪痕を残したいよね。

いや、素組みのまま終わりにして次に進むのが大人の余裕というものなのか。

悩ましいわぁ。

前回(第11回)記事はこちら。

『北方ジャーナル』2018年8月号に掲載されたエッセイの最終回です。



最終回

絶望的状況もなんとかなるようでして

 2018年4月、貯蓄が尽きたストレスか、少し元気になった妻の姿に安心したのか僕は痔瘻で入院してしまった。妻はがん治療中でまとも働けず、それを支えるべき夫は痔で入院してこれまた働けない。入院したときの預金額は3000円。入院費どころか生活費さえ払えない絶望的な家計状況だった。しかし、あまりの痛みに耐えられず診察を受けたら即手術、即入院となったのでお金のやりくりを考えるのは後回しにせざるを得なかった。


 手術翌日、ぼーっとした頭でベッドに横たわりながら、

「入院費、どうしよう…」と考えていたら見舞いに来た妻が、

「保険会社の人に連絡しといたから。必要な書類を持って来てもらうから病院の人に渡しておいてね。保険で入院費くらいはなんとかなるし、それどころか生活費の足しになるよ」と、いつになくテキパキ処理してくれて、完全に立場が逆転したことを自覚した。妻の姿は去年、がん治療のために彼女が入院していた頃、僕がやっていた姿そのままだった。また、いつもは家族と一緒に外出したがらない長男も見舞いには毎日のように来てくれて家でも様子が変わっていたようだ。兄弟のまとめ役は姉に任せて自分はいつも補佐に回っているような長男だったけれど、初めての父親の不在に長男としての自覚が芽生えたのかもしれなかった。


 僕は頭の片隅で自分がしっかりしていなければ家族の生活は立ち行かないと考えていたのかもしれない。しかし、実際は違う。夫であり父である僕がいなくても、その分を妻や子供たちがしっかりとカバーしようと動くものなのだ。そもそも妻ががんになるまで、僕らの生活は妻の給料にかなり依存していた、否、彼女こそが一家の大黒柱だったではないか。痔なんかでは死なないけれど、これならばいつ死んでも大丈夫だなと考えたのが悪かったのか、退院日の帰宅途中に僕は原因不明の高熱を出して再入院。結局2週間近くも入院することになってしまった。妻は驚きつつも笑いながら言った。


「入院日数が多いほど医療保険は下りるから、長く居れてよかったね。我が家って本当、困った時になんとかなるようになってるよね」


 実際、僕の医療保険のおかげで絶望的な家計は好転し、7月頃までの生活費の目処がつくことになった。僕は文字通り身体を張って稼いだわけだが、その代償は小さくなかったようで2週間ほどの寝たきり生活のせいですっかり虚弱になってしまった。7月以降の生活を安定させるためにも転職あるいはセカンドワーク探しを始めなければならなかったが、5月が終わるまで体力は回復しないばかりかウィルス性胃腸炎に感染してしまって今度は妻ではなく僕が寝込んだり点滴してばかりの日々が続くことになった。

「五分五分」と言われて1年

 6月、妻が乳がんの検査で「悪性かどうかは五分五分」と言われてから1年が経った。そして、5月いっぱいで妻はパートを辞めた。今は「今日は急にめまいがしちゃって参った」とか「頭痛がなかなか取れなくて…。薬飲むと眠くなるし…」とか言いながら正社員として毎日働いている。


「子供たちが勉強がんばってるし後悔させたくないから塾に通わせてあげたい。スマホも新しくしたいし、いつか家族でディズニーランドに行きたいし!」と正社員として働き始めた不純な動機を明るく話すが、実際のところは夫である僕の不甲斐なさが原因で、つまりは生活費と彼女の治療継続のためである。彼女の体調を考えると正社員として働くのはまだ早いように思うし、いつまで続けられるかもわからない。でも、「働いてくれ」と僕にお願いさせずに自分で仕事を探して働き始め、子供たちの成長を楽しみに前向きに過ごしている姿を見て、僕は自分の不甲斐なさを差し措いてとても嬉しく思ってしまうのだ。今はとにかく、妻が働き続けられるように僕は全力でサポートしようと考えていて、掃除・洗濯・炊事などの家事は夫である僕と子供たちの仕事ということにしている。


妻が乳がんになるまでは、仕事で疲れて帰ってきた妻に「たまには家事もやってよ。僕も仕事が忙しい時期があるんだから」と喧嘩になることもあったが、今はそれがまるでない。妻も家事をしている僕に気づくと手伝いにくるが、僕はなるべく断ることもなく気が済むようにやってもらいお互いに「ありがとう」とよく言うようになった。


 妻の乳がんがわかったとき、僕は以前「がんという病気は悪い病気じゃない。だって、人生を終える準備ができるから。突然死に比べたら良い病気なんじゃないか」とわかったようなことを言っていた自分が恥ずかしく怒りすらおぼえたが、今はちょっとだけ“がんによって得たもの”を感じている。それは、“『当たり前のこと』なんて無い”というそれこそごく当たり前のことだ。


“普通”、“当然”という物事は実に儚い。そして、それらはとても貴重なものであることを僕ら家族は身に沁みて体感できた。


妻にしてみれば、そんなごく単純なことを乳がんになって苦しんでまで知る必要はなかったと言うかもしれない。しかし、この体験は将来のある子供たちにとって大きな財産になるはずだ。僕はそう信じたい。そういう意味で僕らにとって「がんは悪い病気ではなかった」と今なら言えるんじゃないか。がんを患う当事者の妻がどう思っているかはわからない。でも、夫である僕は彼女の生きている姿を子供たちに伝えたいし、無駄にしたくないと思っているから、どうしても妻の闘病に意味とか意義を考えてしまう。


 妻の乳がんはごく初期に取り除かれ、そのタイプも悪いものではなかった。10年生存率は90%以上の病気だから将来は明るいかもしれないし、運悪く残りの10%になってしまうかもしれない。闘病している間に新たな治療法が確立されて寛解できるかもしれないし、他の病気や事故で死んでしまうかもしれない。あるいは100歳を超えていても元気で乳がんのことを「そんなこともあったねぇ」と笑い話にできる日が来るかもしれない。結局のところ、どこまでいっても“五分五分”だ。


 できることなら遠い未来に笑い話として振り返りたいと願いつつ、まずは今日の“当たり前のこと”に喜びを感じながら僕は妻と、そして僕らの子供たちと暮らしていこうと思っている。生活が不安定なのにずいぶん刹那的で呑気なようだけど、それが間違っているかどうかは子供たちが大人になってから彼らの生き方で答えを出してくれるだろうと思っている。


 妻が乳がんと告知されて、なぜか僕の頭に浮かんだ言葉がある。


『愛してその人を得ることは最上である。

  愛してその人を失うことは、その次によい』


 イギリスの小説家サッカレーの言葉で、これを最初に聞いた時、

「なんのこっちゃ? 失恋の負け惜しみか?」と不思議に思ったから頭に残っていたのかもしれない。でも、今はその言葉をしっかり味わえるようなパートナーでありたいと思っている。そのためにも妻より長生きし、今日一日と妻を大切にして『最上』も『その次によい』ことも両方味わえる人生を全うしたい。そう今は思っている。 


(了)


(『北方ジャーナル2018年8月号』掲載)

※無断転載を禁じます。(C)Re Studio 2018年

前回(第10回)記事はこちら。

『北方ジャーナル』2018年7月号に掲載されたエッセイの11回目です。



第11回


最悪の1年を最高のかたちで


 2017年12月、長女の「めい」がガンダムのプラモデルの世界大会で優勝した。小学2年生の頃から挑戦し続け、7回目の大会でようやく手に入れた金色のトロフィー。昨年、初めて日本代表の座を逃していたので、その挫折を糧に悲願を達成したと報道もされたし、模型の仲間たちもそう思っていただろうけど、僕ら親子にとってこの「世界一」はそれ以上の重みがあった。


 めいが今回の作品を制作していたのは、妻の乳がんが発見され、手術のために入院していた時期。僕も含め、家族みんなが動揺していたし、長女であるめいにも生活の中で頼る部分が大きくなっていた。とてもじゃないがプラモデルどころではない、と制作を諦めるよう勧めたが頑として首を縦に振らず、弟たちの面倒をよくみながらも空いた時間を見つけては何かに取り憑かれたように制作に打ち込んでいた。お母さんの病気のせいで挑戦が途切れてはいけないーー。そして、必ず結果を出してみせるーー。そんな断固たる決意が感じられる制作だった。


 僕らの2017年はつらいことが多すぎた。7月に妻の乳がんが見つかり、8月には僕の父が家を飛び出して両親が離婚、9月には僕が慕っていた祖父が亡くなった。僕の母にとっては父と夫を失った1年であり、娘のめいにとっては曾祖父と祖父を失い母までも失う恐怖に怯えた1年だった。


 表彰式でめいは涙をこらえることができなくなっていた。僕には世界一になった喜びだけで泣いているようには見えなかった。今までの僕は娘が日本一になろうが世界2位になろうが、「いやいやお恥ずかしい限りで…」というような顔をしてばかりだったが、このときばかりは人目も憚らず泣いた。


「1年を最高のかたちで締めくくったね。ありがとうな」


 その日の夜、宿泊先のホテルで僕は礼を言った。めいは、


「うん、よかった。本当によかった」


 最悪な1年のまま終わらなくてよかったーー、とわざわざ言うことは僕らに必要なかった。人生山あり谷あり。谷の底には辿り着いたようだ。あとはしばらく上り坂だろう。来年はそんなふうに過ごせそうだ。なんの根拠もないけれど、僕にはそう思えた。


起き上がり始めた妻


 年が明けて1月はめいへの取材対応やお祝い、お礼をして回る日々で忙しく過ぎ、それがひと段落した2月、妻はケーキやパンを焼くようになっていた。妻の唯一といっていい趣味で、それを再開したことが嬉しいのか子供たちが妻がどんなに「失敗作」と言っても「おいしい!」と言って喜んで食べていた。日によって朝から晩まで寝込んでいるときもあったが、なにかをやりたくなって動き出したことに大きな前進を感じ、僕も微笑ましく眺めていた。失敗作には手は出さなかったけれども。


 3月、パンやケーキの材料費もかかるし新しい道具も欲しいからと妻がパートを始めた。最初は1日4時間で週2回。本当にお小遣い程度しか稼げない労働時間だ。でも、僕にはこのわずかな労働でも妻には重いように思えて不安だった。実際、パートの翌日の妻は寝込んでばかりだった。以前、放射線治療の際にソーシャルワーカーと話していて、治療中のがん患者でも働ける職場が増えていることを教えてもらった妻は、


「がん患者のみんなが今までと変わらず働きたいと考えてるわけじゃないよね。わたしは死にそうな人間まで働かせるの? って思っちゃうよ(笑)」とがんを抱えて働くことに対してかなり後ろ向きだった。


 しかし、働き始めた職場の話を聞くとつらいことばかりでもないらしい。わずか4時間の労働時間でも本人にとってはかなりしんどいし、あまりの体力や能力の無さにイラつきもする。しかし、寝てばかりではなく働けることそれ自体にやり甲斐や達成感があるようだった。


 そして、この頃の僕らは妙にツイていた。スーパーに米を買いに行くとちょっと古くなっていたのか半額シールが貼ってあったり、いつ送っていたのかも忘れていた懸賞が当選しててお菓子の『おっとっと』が35m分も届いたり、普段釣れない僕が釣りの大会で大物を釣って優勝しちゃったりーー。実にたいしたことのないツキのようだが、嫌なことばかりが続いていた僕らにとってはこんな些細な幸運も嬉しく、風向きが変わったことを実感せずにはいられなかった。


妻に代わって今度は夫が…


 妻は前向きになり良い出来事は続いていたが喜んでばかりもいられなかった。妻が手術した頃に得た医療保険のお金は底をつき、妻がもう少しパートの回数を増やすか僕が職を変えたりセカンドワークを探さなければ生活が立ち行かなくなっていた。そんな状況に家計を預かる身としてストレスを抱えてしまったのかもしれないし、風向きが変わったことや少し元気になった妻の姿に安心して気を抜いてしまったのかもしれない。原因はよくわからないが、僕は4月に痔瘻になって入院してしまった。


 これには僕自身驚いたが、結婚以来初めての入院に家族もそれなりに動揺したようだ。小学2年の末娘が、

「お父さん、死なないよね?」と真剣に訊いてきて、痔で死んだらたまらないなと笑ってしまったが、妻が入院したときのことがよほどにショックだったのだろうと思うとあまり笑って済ます気持ちにはならなかった。


 妻はがん治療中でまとも働けず、それを支えるべき夫は痔で入院してこれまた働けない。そして貯蓄は尽きたーー。2018年、僕らの生活は上向いてくるだろうと漠然と信じていたが、客観的には春からかなり絶望的な状況のようだった。あくまで客観的には。


(『北方ジャーナル2018年7月号』掲載)

※無断転載を禁じます。(C)Re Studio 2018年

前回(第9回)記事はこちら。

『北方ジャーナル』2018年6月号に掲載されたエッセイの10回目です。



第10回

“ひでぇ親”なりの家庭防衛


 2017年9月下旬、妻は北海道大学病院に放射線治療のため入院した。1カ月前に乳房部分切除術という外科手術を受けて、ごく初期の乳がんであることが確定し、腫瘍も取り除かれたが検査では発見できないごくごく小さながんの芽を摘むために行なわれるのが手術後の放射線治療。妻は20回におよぶ放射線照射をおよそ1カ月半で受け、その胸は少し焼けただれたようになっていた。


 前回書いた通り僕は、最初の外科手術のときのように毎日見舞いに通うこともなく、家では子供たちの些細なトラブルにも苛立つようになっていた。溜まった家事を放り出してどんなに寝ても疲れが身体から抜けないような状態だった。しかし幸いなことに(?)僕は鬱病というものを経験してきたし、がんを契機に夫婦が別れる『がん離婚』という言葉も知っていた。これは放っておくとちょっとマズイことになるな、という自覚症状を持つことができていた。


 僕は妻が乳がんとわかるまで毎日のように釣りに行っていたが、彼女の手術以来、パタリとやめてしまっていた。日々の生活に忙しくて時間的に無理だったというのもあるけれど、海へ行って遊ぼうと思う心の余裕がなかったし、僕だけが楽しむことにどこかやましさもあった。このままでは『がん離婚』という結末に向かってしまうという危機感を抱きつつも、実家に子供たちを預けてパーっと遊んでストレス発散するような気分でもなかった僕は考え抜いた挙句、妻が入院する前の“日常”を取り戻そうと思うようになった。つまり釣りを特別な気分転換のようにするのではなく、今までのように生活の一部のような感覚で再開することにしたのだ。まずは近頃はすっかり読まなくなっていた釣り新聞を買い、天気予報や潮汐表も日々チェックすることから始め、コンディションが良さそうな日は早めに家事を片付けて子供たちを寝付かせてから深夜にコソコソと夜釣りに出かけるようになった。


 釣り場に行くと気のおけない釣り仲間が僕に言った。

「あれぇ? 奥さん入院してんじゃないの? 子供たちほっぽり出して釣りかい。ひでぇ親だなぁ!」


 まったくもって彼の言う通り。でも、変に気を遣われるより僕のろくでなさをズケズケと言ってくれることがありがたかった。


「いいの、いいの。こうやってね、釣りに没頭してる間だけでもいろんなこと忘れたいのよ」と答えるのが精一杯だったが、これが僕の本音だった。子供たちを家に置いて夜中に出かけるのは倫理的にも防犯の上でも親として許されることではなかったが、僕にはリフレッシュする方法はこれしか思いつかなかった。僕が心に余裕を持ちなるべく笑顔でいなければ家族そのものが壊れてしまうような気がしていた。


1日を終えられただけで「大成功!」


 10月下旬、妻が退院して自宅療養とホルモン療法の日々が始まった。ホルモン療法は服薬のほかに皮下注射があり、妻は退院とほぼ同時に2回目の注射を打った。最初の注射のときはしばらく腹部に打った注射の痛みが続き、服用する薬の副作用のめまいや頭痛で1週間ほど寝たきりだったが、今回は「少しは慣れてきたみたい」と気丈にふるまっていた。乳がんが見つかった頃より態度が冷たくなっている僕に気を遣っていたのかもしれなかった。


 妻は調子の良い日はテレビを観て過ごし、具合の悪い日は寝室から出てこれず、僕は家事と仕事をこなしながらも毎夜のように釣りに出かけて過ごしていた。妻が帰ってきて子供たちに少しずつ安堵の色が広がっていくのを感じつつ、11月の我が家は家族それぞれが思い思いに過ごしていたように思う。そんなある日の夕飯、小学6年生の長男が深刻な顔をして悩みを打ち明けた。


「中学生になって勉強についていけなくて、将来、思い通りの職業につけなかったらどうしよう。最近、失敗したときのことばっかり考えちゃって何もできなくなっちゃうんだよね…」


 しょうもないことを真剣に悩んでいる姿を見て思わず笑ってしまったが、妄想癖のあるこのちょっと変わった子にとっては一大事のことのようだったので僕なりに真面目に答えた。


「そんな先のこと考えても仕方ないでしょ。将来の夢のために今、いろんなことを我慢して努力することも大事だけどね、もしかしたら明日、事故に遭ったり災害が起きて死んでしまうかもしれない。もし死んじゃったら、遠い将来のためにやってきた努力や我慢はすべて無駄な時間だって考え方もあるよ」


 横で聞いている妻が妙にうなずいていた。がんという病気を経験して遠い将来の約束ができなくなっただけに思うところがあったらしい。


「だからね、まずは今日。とりあえず、今日を無事に終えられたことを喜ばなきゃ。お父さんだってね、スーパーで安い食材を見つけて献立考えて、クタクタになっててもご飯作って、こうやってみんなで食べられたら『今日も1日終えられた! 大成功!』って思ってるの。そうやって1日をなんとか過ごせるようになったら、それからちょっと先のことも考えたらいいじゃん。まあ、お父さんはね、大人だからね、1カ月2カ月先の家計も考えなきゃ本当はダメなんだけど、そんなちょっと先のことを考えるだけでも頭痛くなっちゃうの。大人のお父さんでもこんなんなんだから、子供のお前はまず今日1日だけを考えてみなよ」


 そうやって息子の悩みに答えているうちに、何か自分の悩みというか苦しみの答えが見えてくるような気がしていた。そう、まずは今日1日を大切に過ごそう。がんの治療をしていると5年生存率、10年生存率などというちょっと遠い未来の話ばかりが頭に入ってくるけれど、まずは今、家族で一緒に夕食を囲むことができていることだけでも幸せなことじゃないか。ずいぶん低い目標設定のようだけど、これが僕や妻にとって大切なことだったんじゃないかーー。


 息子のちょっとおかしな悩みのおかげで、僕はその日1日を大過なく終えるだけで満足できるようになっていた。そうやって11月を過ごすうちに僕らの生活は風向きが変わってきていた。


(『北方ジャーナル2018年6月号』掲載)

※無断転載を禁じます。(C)Re Studio 2018年